Nicholas Krgovich + Deradoorian Japan Tour 2015 LIVE REVIEW


 極上のハリウッド映画でも観た気分にさせられてしまった。アメリカン・トラッドを伴奏に日本の神代の儀式、続いて能や浄瑠璃を思わせるような中東のミュージカル、最後は20世紀初頭のアメリカのラヴ・ロマンスへ。鶴舞K・Dハポンで行われたニコラス・ケルゴヴィッチとエンジェル・デラドゥーリアンの来日公演を体感した。


マラカス、ドラム・パッドも組み合わせての反復リズムから高揚感を生む。パーカッションとドラムスの2人を従えて、呪術的なファルセットで歌い上げたのは、アメリカ帰りのフォーク・シンガー、名古屋公演のゲスト・アクト、tigerMosイケダユウスケ。アコースティック・ギターの弦が切れたのを迷わず引きちぎって強引に演奏を続けたイケダは古代の荒ぶる神々のようだった。





 続くエンジェル・デラドゥーリアンのパフォーマンスは、その神々を鎮める巫女のよう。ベース・ギターにフルート、マラカス、カスタネットを持ち替え、声とともにサンプリングして重ねループさせていく独りコーラス楽団だ。自然災害を防ぐための祈祷、あるいは収穫を祝う農耕祭儀を私はイメージしたが、それぞれ異なった人間の営みを観るはず。ダーティー・プロジェクターズ時代に共演したビョークにも通じる。演奏が進むにつれ、成人女性から少女、老婆の横顔まで覗かせて、何かが憑依したかのようだった。 アメリカ人である彼女のルーツはトルコの隣国アルメニアの血も流れているが、中東の民謡が用いる節回し、ビブラートは日本の伝統音楽と通じるものがあるという。シルクロードを介して東西に起源を同じくする音楽が伝播していき、西側の人々がアメリカに渡り、その子孫が東側たる日本に来て演奏している奇跡。


 一方、ニコラス・ケルゴヴィッチは弾き語りであるにも関わらず、バンド編成でのCD音源よりソウルフルかつグルーヴ感を感じさせた。まずはエンジェルとのセッションからスタート。ニコラスの甘い、わずかに影を帯びた声に、女声コーラスが加わって、まるで異人種が集うアメリカ、その郊外都市でのラヴ・アフェア。調理場でグラスがぶつかり合う音も相まって、深夜、ホテルのバーで流しのミュージシャンの演奏を聴いている気分になる。


 美女がバーから去ると、メランコリックさ、哀愁が格段に増す。独りでピアノ弾き語りを始めてからが真骨頂。親近感も出てきて名古屋栄か、新宿の場末のバーの空気。もちろんいい意味で。ピアノを弾きながらイメージの中で踊りだすニコラス。演奏の合間にガッツ・ポーズをしたり、リズミカルに鍵盤を叩きながら両肩を大きくスイングしたり。最後の曲ではエンジェルが指を鳴らしてリズムをとる。恋人が彼の元に戻ったのだ。アンコールでは「ラヴ・ソング……だと思うんだけど」と呟いて静かなバラードを。ジョージ・ガーシュウィンが活躍した時代に迷い込んだような雰囲気でその夜の催し物は終わった。最小限のセットで最大限の想像力を刺激する、優美かつ圧巻のステージだった。